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越中流 第2部 おわらと生きる

4.卒業

地元の中学生に踊りを指導する上野さんと、仲間の踊り手と一緒にけいこに励む清水さん

(右)手振りを交え、地元の中学生に踊りを指導する上野さん=22日夜、富山市八尾町天満町公民館
(左)仲間の踊り手と一緒に、けいこに励む清水さん=22日夜、富山市八尾町西町公民館

「踊り受け継いでほしい」 新しい世代を迎える

 「もっと指先を真っすぐに。手の向きはこう」。二十二日午後九時、富山市八尾町天満町の公民館。編み笠(がさ)をかぶった六人の中学生に、浴衣姿の上野美佑紀(みゆき)さん(24)が踊りの振り付けを教えていた。
 間近に迫った、おわら風の盆。例年この時期になると指導にも熱が入るが、ことしは後輩を見る目に特別な意味がある。来年一月に二十五歳の誕生日を迎え、今回を最後に踊り手を卒業する。
 指導を受ける八尾中三年の牧野恭子さん(15)は、上野さんのしなやかな手の動きや優しく語りかけてくれる人柄にあこがれていた。「一緒に踊れなくなるのはとっても残念。最後の姿を目に焼き付けたい」

 粋と色香が漂うおわらの踊り手は、男女とも二十代半ばで一線を退くのが慣例だ。天満町ではそろいの浴衣や法被を着て、編み笠をかぶるのは中学生から。大人びたしぐさの踊り手が編み笠を外せば、あどけない表情がこぼれることもしばしばだ。女性の踊り手は、結婚も引退の契機になる。
 その後、歌い手や三味線、胡弓(こきゅう)など、年季が必要な地方(じかた)の道に進んで、引き続きおわらにかかわる人もいる。次の年にはまた新しい子どもたちが踊り手に加わる。八尾の人々はそうやって、次の世代を地域に迎え入れ、成長を見守ってきた。
 上野さんも中学から編み笠をかぶった。練習の多さに嫌気が差した時期もあったが、二年前の風の盆で忘れられない瞬間を経験した。午前三時を過ぎて町流しに加わり、初めて踊り明かして朝を迎えた。無心になれた。静かな町に響く三味線や胡弓の音色に自分が溶け込むようだった。「おわらがやっぱり好きなんだと気付いた」
 自分を姉のように慕ってくれる後輩に目をやり、「おわらの楽しさを見つけて、踊りを受け継いでほしい」と語った。

 上野さんが天満町公民館で指導していた同じ時刻、南に約六百メートル離れた西町公民館に、踊りのけいこに励む清水芙由子(ふゆこ)さん(24)の姿があった。清水さんも来年二月に二十五歳。「未練はあるが、どこかで区切りをつけたい」と引退を決意している。
 思い出は尽きない。見ず知らずの老夫婦から、自分が踊っている姿の写真をプリントしたタオルを渡された。「あなたの踊りが見たくて、また来ました」と何度か声も掛けられた。
 母親の美智子さん(54)は、編み笠をかぶると、きりっとする娘が好きだった。舞台に出演した時は、わが子ではないように大きく見えた。「踊りが好きなんですよ。来年は『行ってらっしゃい』と送り出すことができないと思うとね…」
 昨年の風の盆が終了した九月四日の未明、清水さんは公民館前で、引退する先輩の女性が一人で踊る姿をそばで見守った。「自分もその時が来る」と涙がこぼれた。
 「おわらとかかわり、地域のいろんな人と知り合えた。付き合いはずっと続くと思います」。今、この町に生まれたことに感謝している。
 二十四歳の二人は、それぞれの思いを胸に九月一日を迎える。


メモ:旧踊りと新踊り
 種まきや稲刈りの農作業の動きを表現した「豊年踊り」を「旧踊り」と呼ぶのに対し、昭和4年に八尾を訪れた日本舞踊の若柳流家元、若柳吉三郎が振り付けた「男踊り」と「女踊り」を「新踊り」と呼ぶ。男踊りは直線的な力強さ、女踊りには舞のようなつやめきがあり、優美さを増した。

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