立山・黒部 世界へ発信
第3章 わたしたちの宝・天然記念物
北日本新聞 4.29.....N0.52
 氷河の浸食が造った地形で、国の天然記念物に指定されているのは、立山連峰の雄山(三、〇〇三メートル)直下にある山崎圏谷(カール)と、薬師岳(二、九二六メートル)の東側に並ぶ圏谷群の二カ所だけだ。それぞれ昭和二十年に天然記念物に指定され、薬師岳の圏谷群は二十七年に特別天然記念物になった。二カ所とも地理学者の山崎直方(一八七〇−一九二九年)が明治三十八年に発見し、日本に氷河が存在したことが初めて証明された。
氷 河 の 存 在 を 証 明

 「カール」は、山岳の斜面を少しずつ降下した氷河が、岩盤を削り取って造った半円形の窪地。山崎カールは雄山山頂直下の西側斜面に幅四百メートル、長さ六百メートルにわたって形成されており、カール内部には氷河が削り残した高さ十メートル近い奇岩のローソク岩がそびえ立っている。薬師岳では黒部川を望む東側りょう線に四つの圏谷が並ぶ。

山崎は明治三十五年、日本に氷河があった可能性を示した論文を地質学雑誌に発表し、同三十八年に立山を実際に踏査して確かめた。雄山直下の圏谷は昭和十七年に、発見者の名前を取って山崎カールと名付けられ、今も立山観光の名勝の一つになっている。

氷河の浸食作用で造られた山崎カール。削り残されたローソク岩が鋭く立っている=昨年7月

 立山カルデラ砂防博物館の菊川茂学芸員は「国内で初めて氷河地形が見つかった立山は、氷河研究の発祥地だ」と言う。圏谷の発見を機に氷河地形研究が進み、現在では約二万年前に最後の氷河期が訪れたことが分かっている。故深井三郎富山大名誉教授は、山崎カール内の三地点で、寒さの緩んだ間氷期に氷河が解けて残した岩塊や砂利の堆積物(モレーン)が残っていることを確かめた。

 立山で登山者が出合うライチョウや高山植物は、日本列島がシベリアなどと陸続きだった氷河期に北方から南下してきた。富山市科学文化センターの太田道人主任学芸員は「ライチョウや高山植物は、氷河期が終わり日本列島が大陸と海で隔てられた後も、立山という寒冷な高山があったから生き残れた」と言い、三千メートル級の山々が希少な動植物を守り育てる環境になったと説明する。

 立山や黒部をはじめとした北アルプスの造山運動による隆起は、約五十万年前から始まり現在も続いている。鷲羽岳に源を持つ黒部川は、七、八十万年前から立山連峰と後立山連峰の間を流れて浸食し日本一深いV字谷を造った。

 菊川学芸員は「立山と黒部峡谷には大地のダイナミックな力がぎゅっと凝縮されている」と話す。特別天然記念物の黒部峡谷や天然記念物の山崎カールは、大自然の力を今も語りかけている。
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