管内図は明治18年5月刊行。銅版刷り縦130センチ、横120センチ、縮尺は約10万分の1。発行元は東京都内で、欄外には「定価四十八銭五厘」と朱印で押してある。
現在の富山県ができたのは明治16(1883)年5月9日。当時は村が2721あったが、同22年の市町村制施行で、富山、高岡の2市と269の村に合併した。その前に作られた管内図は2,700余りの村名をすべて網羅。大部分は西田地方(富山市)や守山(高岡市)、海老江(新湊市)などと現在も地名として残っている。
絵地図ではなく、名所旧跡や電信局、港などが記された総合地図としても最も古いとみられ、県内では県立図書館に一部所蔵されているのみ。県公文書館の竹島資料課長は「県が独自に作ったものか、国の政策か分からないが、希少価値は高い」と言う。
石丸さんは「貴重な地図を後世に残すため大切に保管したい」と話している。
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