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−町民全体がさまざまな希望を、どんよりとした越野の暗い冬空に向かって抱きしめている。激しい苦しさを包蔵するであろうが、苛酷(かこく)な現実の中を突進して…。
町長になってすぐにまとめたのが「新水橋町建設計画書」だ。巻頭に寄せた言葉は町の建設へ、住民に協力を呼び掛ける異例の内容だった。
高度経済成長もあって収支は改善したが、苦しい行政運営は続いた。39年度の市町村税8500万円は、水橋よりも人口の少ない大山町の半分に満たない。土木費は氷見市並みだった。「財源のない町は、やっていけない。町長になったころから『合併しかない』と頭に描いていた」
39年。4歳年上の若い助役を迎え、藤木さんは「最後の合併」へと踏み出すことになる。
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