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正念場の地方自治 No.16 連載目次 前へ 次へ

第2部 巨大化の未来は 国土保全 2003.02.04

 大量の流木が、県内の海岸を埋め尽くした。平成11年9月中旬に発生した「流木騒動」。漁業関係者らが処理に追われる中、婦負森林組合の北山虎雄組合長(64)=八尾町栃折=は、発生源を確かめるため、神通川上流の岐阜県河合村に急いだ。台風16号に伴う集中豪雨で、大規模な森林崩壊が起こったに違いない、とにらんだ。

 予想は的中した。上流の川岸は土砂と流木に埋め尽くされていた。沢という沢で土石流が噴き出し、植林されたスギの巨木がなぎ倒されている。街路灯がつぶれ、ガードレールもひしゃげている。「これは天災ではなく、過疎が招いた人災に違いない」。そんな思いを強くした。

離村が招いた流木騒動
無視できぬ山村の役割
 北山組合長は、岐阜県境の大長谷村出身(現八尾町)。中学卒業後すぐに、地元の山林のほか、河合村などでの伐採作業に従事した。当時の村の人口は約2千人。飯米を自給できないほどやせた土地柄のため、村の男の大半は炭焼きや伐採などの山仕事に就いた。

 ところが、昭和30年代初めに隣接の仁歩地区で室牧川県営ダム工事が始まると、住民は収入不足を日雇い労務者となって補うようになった。やがてそれが日常化した。土建会社のマイクロバスによる送迎という便利さも手伝い、山仕事に見切りをつける住民が増え、離村へとつながっていった。

 当時の山村の暮らしは、互いに労働力を提供し合う「結い」で支えられていた。屋根ふき替えや道路整備、除雪は集落単位で行うため、一軒が村を離れれば、残った世帯の負担は増す。八尾町との合併も重なり、一つ、二つと集落が消えた。過疎は坂を転がり落ちるような勢いで加速し、収入源だった山林は見向きもされなくなった。

 流木騒動の“震源地”となった河合村なども、状況は同じだった。

 間伐されない人工林は、樹木の生存競争が激化するため、地中深くまで根を張らない。戦後の国の林業政策が効率を優先し、スギ一辺倒の植林を進めたことも重なり、山林の保水力は著しく低下した。

 北山組合長によると、崩壊を起こした神通川上流の山林の中でも、離村の進んだ旧集落跡周辺で特に被害が目立った。「記録的な集中豪雨に見舞われれば、どの山林もひとたまりもない。目先の経済効率ばかりを追い求めてきたなれの果てだ」とため息をつく。

§   §   §

 国内の全人口のうち、約2,500の町村に居住しているのは2割にすぎない。しかし、面積の8割は町村が占め、食料の供給や環境保全、水資源のかん養といった役割を担っている。小規模町村の“切り捨て論”に危機感を募らす全国町村会は「国は、町村が国土保全に重要な役割を果たしている実態を認識していない」と指摘する。

 大長谷地区の森林面積は約1,600ヘクタール。間伐が必要な人工林は860ヘクタールに及ぶが、木材価格の低迷に過疎が追い打ちを掛け、手入れされない状態が続く。離村した元村民は代替わりし、家族が所有林の位置すら把握していないケースが多い。

 「合併を論議する際になぜ、森林の備える公益的機能に目を向けないのか。再び安易な行政区域の拡大に走れば、さらなる過疎化を招き、災害の危険性も膨らむ」。今も大長谷地区で暮らす北山組合長は、行財政効率や財政の損得論に終始する「平成の大合併」に危うさを感じる。

流木の「発生源」となった神通川上流域の山林
流木の「発生源」となった神通川上流域の山林。被害は間伐されていない人工林に集中した=平成11年10月、岐阜県河合村

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