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正念場の地方自治 No.19 連載目次 前へ 次へ

第2部 巨大化の未来は 約束 2003.02.07

 「いくらお役所の電算化が進んだと言ってもねえ…」。高岡市の戸出連合自治会の大井留夫会長(73)は、半ばあきらめた表情で切り出した。

 高岡市の諮問機関「行財政改革委員会」が平成13年6月、戸出と中田、伏木の3支所の機能縮小を求める提言をまとめた。支所職員を嘱託に切り替え、市の財政負担を減らすとしていた。

 3地区の住民は、反対の声を上げた。支所は地域連帯の核であり、支所職員は地元の事情に通じている。3地区は編入合併される際に「支所を設置し、課制度を設ける」との約束を交わした経緯もあった。大井会長は「財政効率化の必要性は分かるが、これ以上縮小されると行政とのつながりが希薄になる。死活問題だよ」と力を込めた。

果たされぬ合併条件
支所機能は縮小の一途
 高岡市は第2次大戦中から周辺町村を吸収し、規模の拡大を続けた。伏木町をはじめ、国吉村、太田村…。昭和41年に戸出、中田両町を編入し現在の姿となった。

 戸出は29年、周辺3村が合併して誕生した町だった。合併を契機に、小学校の統合などを進めた。過大投資がたたり財政は急速に悪化。新産業都市に指定された高岡市などへの対抗上、39年に町建設計画を策定したものの、予算不足で着手のめどすら立たなかった。最後の町議会議長だった松島敏弘さん(77)は「町営プール建設費800万円の一部を、町長と2人で個人保証をしたほどだった」と振り返る。

 高岡市から合併を持ち掛けられたのは、ちょうどそのころだった。市は30万人都市構想を掲げながら、氷見や新湊などの賛同が得られず、戸出、中田両町との合併に照準を移した。戸出は社会基盤整備を盛り込んだ建設計画の実行のほか、役場を支所とし、行政機能を残す−などの条件で合併に合意した。松島さんは「考え得る最良の選択だった」と言う。

 しかし、当時の判断を悔やむ住民は少なくない。市は建設計画に基づいて住宅団地を造成し、人口は3千人増の1万4千人に伸びた。その半面、中心部に比べて「施設整備が遅れている」と受け止める声は強い。独立を守った舟橋村のように、市街化調整区域の除外は実現できず、計画的な町づくりは難しかった。恵まれた立地条件にもかかわらず、大型小売店は進出せず、企業誘致も進まなかった。支所は縮小の一途をたどり、事実上窓口機能だけになった。合併時の約束が果たされたとは言い難かった。

§   §   §

 「平成の大合併」が唱えられ、高岡市は再び巨大化に向けて走り出した。人口30万人以上の中核市を目指し、近隣4市町に合併を呼び掛けた。だが、反応は鈍い。小矢部市は福岡町との合併を示唆し、新湊市は話し合いの席にも着こうとしない。中核市実現の見通しが立たないため、氷見市も慎重な態度で、脈があるのは福岡町だけだ。

 「なぜ、どの市町村も高岡との合併に消極的なのでしょうか」。昨年11月下旬、高岡市のショッピングセンターで開かれた市民フォーラムで、佐藤孝志高岡市長は、大学生から質問を受けた。「職員削減など“内政”に力を費やし、周辺市町村との付き合いがおろそかだった」と答えたが、学生は釈然としない表情だった。

 大井会長は、学生の問いに答えられる気がする。「重要課題が山積しているにせよ、市は編入合併した旧町村の面倒を見切れていなかった」

 約束は重い。

高岡市役所戸出支所
高岡市役所戸出支所。市は機能・人員の縮小を検討している

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