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合併をめぐる混乱と紛争は、その後の町づくりにも影を落とした。住民同士に感情的なしこりが残った。商工会は統合できず、県内9市で唯一商工会議所がない。関係者は「どんな会合を開く場合でも、まず両地区の出席者の数合わせを考えてしまう」とこぼす。
行財政運営も常にバランスが要求された。平成10年制定の「中心市街地活性化法」を受け、大半の自治体は、国の補助事業の対象地区を1つに限定しているのに対し、小矢部市は2地区にせざるを得なかった。2つの“中心地”への分散投資は、高岡や金沢、砺波との都市間競争の遅れにつながった。河原さんは「津沢にも問題があった。しかし明確な将来像を持たないまま、国の言いなりに合併しても繁栄など期待できない」と語る。
砺波広域圏を除けば、県西部の合併の枠組みは混とんとしている。1月末の小矢部市議会市町村合併対策委員会で大家啓一市長は、福岡町との合併を目指す考えを示唆した。一方の福岡町は、高岡市を含む2市1町での合併を検討している。
市制施行から40年。自治体としての一体感を醸成できないまま、17年3月の合併特例法の期限にせかされるように、再び巨大化を迫られている。
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