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正念場の地方自治 No.21 連載目次 前へ 次へ

第2部 巨大化の未来は 消えた斎場建設 2003.02.09

 「寝耳に水」だった。1月24日の朝。清都邦夫井波町長がいつものように新聞を開くと、「斎場建設を中止」の見出しが目に飛び込んできた。高岡の斎場問題だと思っていたが、目を凝らすと「庄川町」の文字がある。「なんや、うちのことか」

 現在稼働している井波町の火葬場は、庄川町との境界にある。庄川町には火葬場がないという事情もあって、両町の住民が利用している。1回の料金は井波町民が7,000円で、町民以外の利用は1万円。年間の火葬件数は200件前後で、13年度は約80件が庄川町民の利用だった。

 火葬場は昭和30年に建てられ、10年ほど前から雨漏りするなど、老朽化が目立っていた。共同事業による新築計画が浮上したのは自然な流れだった。庄川町が井波町に呼び掛け、7年に両町で建設準備委員会を発足。井波町では建設用地が確保できなかったため、庄川町が墓地公園予定地用に買収していた土地の転用を決めた。周辺住民の同意が得られるのを待つだけとなっていた。

合併で共同事業 白紙に
広域圏の連携 不安視する声
 ところが、藤森栄次庄川町長は年明け早々、清都町長に連絡しないまま、予定地周辺の住民に建設中止を伝えた。合併相手となった砺波市の斎場が、近いうちに、市民と同じ料金で利用できるようになるとも説明した。清都町長は「砺波と庄川の合併まで、まだ2年ある。少なくとも、井波の斎場を当面使わせてほしいという申し入れがあってしかるべきだった」と、不満そうな表情を浮かべた。

 砺波広域圏は、13年春に合併に関する研究会を立ち上げるなど、県内でいち早く話し合いを進めてきた。消防、ごみ処理、農業共済…。砺波広域圏事務組合は、県内で最も早い昭和45年に設置され、手掛けるサービスは幅広い。10市町村のうち6町村は人口1万人未満で、財政力の弱さを補い合ってきた。「全国のモデル」と評され、合併に際しても各首長は「砺波広域圏は一つ」と唱えていた。

 足並みに乱れが生じたのは昨年10月。安念鉄夫砺波市長が「最大でも井波、庄川、福野、利賀との5市町村」とする中規模合併案を主張した。10市町村の合併では「住民の負担増になる」との判断からだった。ほかの首長たちの説得も奏功しなかった。最終的には、庄川町だけが砺波市の呼び掛けに応え、広域圏はたもとを分かつことになった。

 これを受け、藤森町長は斎場計画の中止を独断で決めた。ちょうど8町村が「砺波地域市町村合併任意協議会」を設立した12月24日だった。

§   §   §

 「これまで仲良くやってきたし、今後も変わりはない」(清都町長)「今回の1件は、広域圏事業に影響はない」(藤森町長)。両首長はこれまでの関係を強調する。

 8町村は「南砺地方」と呼ばれてきたが、首長間では新市名に「砺」の文字の採用を差し控えようという思いが強まっている。「イメージの一新」という理由の裏に、砺波市への対抗意識が透けて見える。

 井波町議の1人は「2対8に別れた段階で、変な競争意識が生まれた。今後、新市同士、あるいは広域圏で新しい共同事業を起こそうとしても、従来のようにスムーズに進まなくなる恐れがある」と懸念する。

 住民は合併に、広域圏の亀裂を望んでいたわけではない。

老朽化が進む井波町営火葬場
老朽化が進む井波町営火葬場。井波・庄川両町による移転新築計画は中止になった=同町井波

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