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正念場の地方自治 No.32 連載目次 前へ 次へ

第3部 ルポ・列島 再編の現場 新潟県佐渡島・佐和田町 2003.03.13
1島1市
 「私はもう、ただの住民。コメントする立場にない」。昨年12月に辞任した斉藤和夫前町長の声は沈んでいた。辞任の背景には合併があり、「新庁舎」の誘致をめぐる綱引きがあった。昭和の合併でも「血の雨を降らせた」という庁舎問題が、新潟県・佐渡島の佐和田町を揺さぶった。

 直江津発のフェリーが着く港から、見晴らしのいい海岸沿いに国道350号を走ると、人口1万人余りの佐和田町に行き着く。島の中央西寄りに位置し、静かな湾に面している。この町を含めて佐渡には10の市町村があり、平成13年から任意の合併検討協議会で「1島1市」を目指してきたはずだった。

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 歩調が乱れたのは昨年10月。斉藤前町長が合併協議のその場で「離脱」を宣言したのだ。新庁舎の位置が、多数決で隣の金井町に決まり、佐和田町に置くことが認められなかったためだ。
庁舎の位置決めで混乱
尾を引いた離脱宣言

 首長と町議会議長の2人だけで離脱を決めたことに非難が集中し、住民の手によるアンケート調査や住民投票に向けた動きが活発化した。議会も混乱し、12月には、町長と助役が次々に辞任する騒ぎとなった。

 「庁舎を誘致できなかったという理由だけで、なぜ離脱なのか…。驚きましたね」。1月の町長選で、1島1市実現を掲げて当選した中川修町長は振り返る。2月16日には、合併への参加の賛否を問う住民投票を実施。町を二分した“選挙戦”は賛成が上回り、迷走に一応のピリオドを打った。「判断材料が十分示されなかった」という不満は住民にくすぶっているが、住民不在の「離脱宣言」に対する批判と、取り残される不安が結果に反映された。

 役場に近い商店街にある衣料品店で、合併推進派の広瀬擁町議は「佐渡が一丸となり、観光をアピールしなければ将来はない」と力を込めた。佐渡島全体でかつて120万人を超えた年間観光客も、今では80万人を切っているのだという。

 前町長に対しては同情もしている。推計では、佐渡の人口は減る一方だが、国道など交通アクセスのいい佐和田町だけは1万人規模を維持する。島の中核を担う気概があり、広域行政で、ごみ処理や下水道処理施設などを受け入れてきた経緯もあった。「前町長は庁舎が当然、佐和田町にくると思っていた。住民もそう。離脱は、やむにやまれぬ決断だったんでしょうね」と言う。

 行政や議会が集中し、町づくりの核となって活気をもたらす庁舎に、前町長は執着した。「均衡ある発展」を望む他の市町村との折り合いは、つくはずもなかった。

住民投票の結果に安ど
住民投票は1島1市合併への賛成票が上回った。結果に安どする賛成派住民=佐和田町役場
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 そもそも財政の効率化が求められる合併で、新しい庁舎の建設がなぜ必要だったのか。

 将来、新庁舎が置かれることになった金井町には、昭和60年に完成した役場がすでにある。ことしに入り、佐和田を除く9市町村で発足させた法定協議会の小田初太郎会長(畑野町長)は「議員数を考えれば、議会棟は少なくとも必要だ。新庁舎予定地の周辺には将来、国道バイパスが整備され、全島の発展が見込める」と力を込める。だが「庁舎建設は最初からの約束。金がかかるという批判や分庁舎の話などは後から出てきた」と打ち明ける首長もいる。

 成り行きに注視してきたという住民は、最初から、ボタンを掛け違えたのではないかと疑問を投げ掛けた。「役所の機構など中身さえ決まっていない任意協で、政治的な駆け引きが先行した。本庁業務を行う場所を決めればよく、新庁舎の位置なんて急いで決める必要はなかったのに…」

 佐和田町は協議への参加を正式に申し入れ、今月8日の協議会で承認された。新町長は庁舎問題にこれ以上、ふれない方針だ。離脱宣言から始まり、町長選、住民投票と激しく揺れ続けた町も、今は静まり返っている。

 連載第3部は庁舎問題のほか、新市名で対立した合併協議、サービスのすり合わせがうまくいかずに苦心する自治体、分権に取り組む住民の姿などをルポ。合併の障壁と課題を探りながら市町村再編の行方と自治のあり方を考える。


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