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正念場の地方自治 No.36 連載目次 前へ 次へ

第3部 ルポ・列島 再編の現場 神奈川県真鶴町 2003.03.17
先駆的まちづくり
 相模湾に小さく突き出す神奈川県の真鶴半島。青い空がまばゆいが、岬はクスノキやマツなどの深い森に覆われ、ひっそりしている。小田原藩が植林し、大切に受け継がれてきた森だ。「地元では尊敬を込めて『御林(おはやし)』と呼んでいます」。近くの民宿で生まれ育った大学生の多田英高さん(22)は、誇らしげに話す。

 半島には中川一政美術館がある。富山にもゆかりのある中川は戦後、真鶴町にアトリエを構え、近くの風景を好んで描いたという。湾に面し、傾斜した街並みには趣がある。だが、バブルの最盛期、中川や住民たちが愛してきた風景は、リゾートマンション乱立の危機に見舞われた。乱開発から景観を守ったのが、町が制定した「まちづくり条例」だった。

どう残す“美の条例”
景観守る手法に違い

 温泉がなく、水源さえ不足している真鶴町は、近くの湯河原や熱海などの陰で目立たない存在だった。だが、昭和63年、駅正面に1戸3,000万円のマンションが建ち、即日完売されると「投機対象として売れる」といううわさが一気に広がった。役場には連日、10件近くも開発の相談が持ち込まれた。住民からの反対陳情が相次ぎ、町議会はマンション建設の凍結を決議。それでも事態は収まらなかった。

 都市計画課の職員は、当時の状況をこう説明する。「威圧的な人たちが役場に押しかけ、狭い駐車場には高級車が並びました。住民は恐れて、役場に入れなかった」

 町は闘い続けた。水不足を理由に、マンション開発を制限する「上水道規制条例」などを制定。さらに三木邦之町長は庁内プロジェクトチームをつくり、乱開発に網をかぶせ、美しい街づくりの基準を示す「まちづくり条例」を実現させた。

 条例は土地利用規制基準を設け、建物の高さなどを厳しく制限する。開発の手続きも独特だ。計画はいち早く住民に知らせ、トラブルを未然に防ぐ。問題が起きれば、公聴会や議会を開き、開発の是非を判断する。この条例が制定された平成6年以降、マンションは建設されていない。

「美の基準」に沿ってデザインされた建物
「美の基準」に沿ってデザインされた建物。真鶴町の住民は、昔ながらの背戸道を大切にしてきた
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 条例には名高い「美の基準」も設けられた。自然との調和などを大切にし、デザインや建築方法をルール化したものだ。

 「背戸道」と呼ばれる昔ながらの細い路地。顔を合わせた住民たちが、役場職員にあいさつを交わす。路地を抜けたところに海水浴場が広がり、監視所が建っていた。

 職員は「美の基準に照らして、建て替えたんです」と話す。以前コンクリートで造られていた建物は、地元で産出される石を使って生まれ変わった。位置もずらした。住民が大切にしている弁天島がよく見渡せるよう景観に配慮したという。

 真鶴町は今、隣の湯河原町との合併を模索している。最大の課題は、条例のすり合わせだ。

 湯河原町にも「豊かな環境を育む基本条例」があるが、内容は大きく異なる。議会が絡む開発手続きや美の基準は、真鶴独自のもの。温泉街の湯河原町には高いビルがすでにあり、真鶴の厳しい条例をそのままでは適用しにくい事情もある。

 岬近くに住む大学生の多田さんは、公募枠で合併推進協議会(任意協)の委員になった。「美しい景観と、まちづくり条例は真鶴の誇りです。何とかして守りたい」と思いを語る。しかし、厳しい建築制限を隣町の住民たちはどう受け止めるのか、どんな形でなら条例を残せるのか。まだ先行きは見えてこない。

 「難しい問題です」と三木町長も言う。ただ、「国からのお仕着せの合併にはしない」という気概がある。先駆的に取り組んできたまちづくり条例や身近な福祉を、いかに調整していくかが問われると考えている。


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