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正念場の地方自治 No.37 連載目次 前へ 次へ

第3部 ルポ・列島 再編の現場 広島県神石町永野地区 2003.03.18
旧「村」復活
 この春、広島県東北部に新しい「村」が誕生する。地図に村名が記される正式な自治体ではない。中国山地のカルスト台地上に広がる神石町永野地区。山懐に抱かれた92世帯、人口約250人の過疎集落を、住民たちは「永野村」と名乗ることにした。

 合併という自治体の規模拡大の流れが加速する中、地域の独自性を守りたいと、地元のまちおこしグループ「永野を考える会」が発案した。横山英揮事務局長(60)は「合併が避けられなくても、大きな行政区域に埋没したくはなかった。だから旧村の復活とも言える“独立”に踏み切ったのです」と力を込めた。本業の養鶏の傍ら、4月の開村準備に向けて走り回る日が続いている。

合併にらみ“独立”決断
集落の維持目指す

 グループは平成3年、当時地元の簡易郵便局長だった宮野元壮氏(50)をリーダーに、十数人で結成した。道路拡幅の要望が、町に聞き入れられなかったのがきっかけだった。車1台通るのがやっとのつづら折りの、道路改良を実現するため、都市住民を呼び込む観光資源の開拓に取り組むことにした。

 永野には、秘境と呼ばれる国定公園の帝釈峡がある。考える会は古い文献を手掛かりに、2年がかりで幻とされていた鍾乳洞を発見。住民を巻き込み、高さ150メートルの絶壁を一望する公園を整備し、渓谷コンサートなどのイベントを次々に開催。「住民が知恵と汗を出して動くから、支援を」。リーダーを町議会に送り込み、行政とそんな関係を築いてきた。

 しかし、過疎に歯止めはかからない。空き家が目立ち始め、高齢化率は50パーセントに近付いた。児童数9人となった永野小学校は昨春で廃校。各戸総出の溝掃除などが負担になってきた。

 そこへ「平成の大合併」がのし掛かる。広島県は県内86市町村を17自治体に再編する案を発表し、神石町も周辺3町村との合併協議を進めている。「行政の目がさらに行き届かなくなる」「永野は消滅する」。住民の不安は募った。

 考える会は、過疎と高齢化でぜい弱になった集落機能を維持する方法はないか、と思いをめぐらせた。住民が助け合い、自立できる仕組みが必要だと感じた。議論の末、たどり着いたのが「永野村」だった。

旧永野小学校校舎前で看板を手にする横山事務局長(左)
「村」の自治活動の拠点となる旧永野小学校校舎前で看板を手にする横山事務局長(左)=広島県神石町
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 住民主体の地域運営を実現するため、これまで町が担っていた道端の草刈りや除雪、用水路や森林の管理を「村」が請け負うことにした。住民は、仕事の種類や年齢に応じて労力を提供。行政からの補助金などは一括してプールし、村の判断で配分を決めるとした。

 これらの業務を取り仕切る「村長」は、全国から人材を募集。元会社員で広島YMCA理事の桑田隆明氏(56)を選び、地域の世話役とともに、村おこしに手腕を発揮してもらうことにした。

 町は「村長」に毎月10万円を支給、活動の拠点となる旧永野小学校の校舎改修費約6千万円を負担するなど、住民の取り組みを後押ししている。

 町議を経て、12年に町長に就いた宮野氏は「会の活動を通じ、役場任せでは何も始まらないことを痛感した。まず住民の知恵と工夫で地域をつくり上げる。そこへ行政が参画していく姿こそ、自治の理想でないか」と強調。永野を過疎と高齢化にあえぐ全国の中山間地のモデルにしたいとの思いをにじませる。

 合併の激しい嵐にさらされている中山間地は、食料生産や環境保全の役割を担ってきた。「中山間地の衰退は、農業の崩壊につながる。あきらめるなというメッセージを全国にも届けたい」。横山事務局長ら「永野村民」は、新しい住民自治の在り方を発信しようとしている。


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