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正念場の地方自治 No.43 連載目次 前へ 次へ

第4部 合併と市町村議会 空転した特別委 2003.04.16
 「合併するか、しないか議会の姿勢を示すべきだ」「いや、意見が割れている。賛否など採決できない」。傍聴に訪れた市民の前で、こんなやり取りが繰り返された。

 2月4日、滑川市民会館の一室。市議会の合併問題検討特別委員会は、紛糾した。言葉を荒げて持説を主張する議員、相次ぐ中断…。合併推進に持ち込みたい最大会派の滑政クラブは委員長を除く9人が採決を主張し、清新21クラブなど滑川単独を訴える議員8人は、反対して譲らない。左右するのは残り2人の「票」。互いに数合わせをにらんで身動きがとれず、採決は先送りされた。

 中屋一博市長の方針表明は、3日後に迫っていた。「市長が単独でいく方針を出すのは分かりきっている。市の将来を示すのはあくまで議会なんだよ」。滑政クラブ会長の上田昌孝市議(当時委員長)は語気を強め、議会を「車のハンドル」、行政を「駆動輪」にたとえてみせた。だが、この日の特別委が市民に示したのは、「数の論理」に終始する議論の空しさでしかなかった。

「数 の 論 理」 に 終 始
財政予測も検討不十分
 合併推進派が「17年3月をめどにした合併」の議決に持ち込んだのは結局、中屋市長の単独方針を受けた3月議会だった。11対8で可決し、「市長方針」と「議会の意思」が真っ向から対立するかたちになった。市長には予算の提案権や行政権、合併協議会設置の発案権など「強い権限」がある。議会の意見が割れている内情から、方針を覆す可能性は低い。

 議会内の主張のせめぎ合いは、合併するかしないかを問う「住民投票条例案」の扱いにも影を落とした。提案した単独派の市議らが「状況が変わった」と、取り下げを要求。ところが住民投票に消極的だったはずの推進派が認めず、逆に修正案を出す見通しになった。

 構図は一転した。

 「合併論議がもう1年早ければ、ここまでこじれなかったのだが…」とある議員はこぼす。

 「平成の大合併」の旗を振る国の方針を受け、県の研究会が県内11の合併パターンを提案したのは13年2月だった。この年11月に行われた滑川市議選では、合併を身に迫る問題として争点に挙げる議員は少なかった。昨年2月の市長選で中屋市長が、現職を退けて当選。その後、情勢はめまぐるしく動いた。

 都市間競争に負けない大型合併を目指す富山市のほか、合併パターンにはなかった魚津市が急接近。魚津との合併は、富山に比べてスケールメリットこそ小さいが、早月川を挟んで人や企業のつながりが深い。枠組みの鍵を握る滑川市は、合併特例法の期限「17年3月」にせかされるように結論を迫られた。

§   §   §

 特別委を公開しない議会もある中、滑川市議会は、ありのままを住民に示そうと努めた。だが、それぞれ地盤とする地域は異なり、あまりにも将来像が異なる選択に主張はぶつかり合うだけ。富山市との合併を望む上田市議は「向こうは単独ありき。未来志向の合併のメリットを深く研究していない」、単独派の島川実市議(社民)も「数頼みで押し通すやり方は、通用しない」と互いに辛らつな言葉が飛び出す。

 単独を支持する清新21クラブ会長の相川隆二市議は「それぞれの思いで走り出した機関車が止まらなくなった」と、ほぞをかむ思いでいる。単独で生き残れるかどうかを判断する「財政見通し」の資料は、市長が方針表明する直前になって出された。「この資料をもっと早く検討し、どんな地域を目指すのか議論を重ねるべきだった」

 ある議員は「行政側は内部資料をなかなか出さない。調査能力にも限界があるんです」と打ち明ける。徹底した調査と研究、政策論争がないまま、議員それぞれが意思表明し、引くに引けなくなった市議会。合併という大きな問題に直面した今ほど、地方議会の「真価」が問われている時はない。

紛糾した滑川市議会の合併問題検討特別委
合併の賛否を問う採決をめぐり、紛糾した滑川市議会の合併問題検討特別委員会=2月4日、滑川市民会館

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