合併推進派が「17年3月をめどにした合併」の議決に持ち込んだのは結局、中屋市長の単独方針を受けた3月議会だった。11対8で可決し、「市長方針」と「議会の意思」が真っ向から対立するかたちになった。市長には予算の提案権や行政権、合併協議会設置の発案権など「強い権限」がある。議会の意見が割れている内情から、方針を覆す可能性は低い。
議会内の主張のせめぎ合いは、合併するかしないかを問う「住民投票条例案」の扱いにも影を落とした。提案した単独派の市議らが「状況が変わった」と、取り下げを要求。ところが住民投票に消極的だったはずの推進派が認めず、逆に修正案を出す見通しになった。
構図は一転した。
「合併論議がもう1年早ければ、ここまでこじれなかったのだが…」とある議員はこぼす。
「平成の大合併」の旗を振る国の方針を受け、県の研究会が県内11の合併パターンを提案したのは13年2月だった。この年11月に行われた滑川市議選では、合併を身に迫る問題として争点に挙げる議員は少なかった。昨年2月の市長選で中屋市長が、現職を退けて当選。その後、情勢はめまぐるしく動いた。
都市間競争に負けない大型合併を目指す富山市のほか、合併パターンにはなかった魚津市が急接近。魚津との合併は、富山に比べてスケールメリットこそ小さいが、早月川を挟んで人や企業のつながりが深い。枠組みの鍵を握る滑川市は、合併特例法の期限「17年3月」にせかされるように結論を迫られた。
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