「目的のために手段を選ばなかったと言われても仕方ない」。大島満町議(無所属)は少し申し訳なさそうに、非公開となった理由を語り始めた。
町議会を構成する議員20人のうち、「大規模合併派」と「単独町制派」は数人ずつで、約半数が立場を鮮明にしておらず“中間派”と位置付けられた。その多くは中山間地を地盤とする議員で、単独町制維持の難しさを知りながらも、地元の反発を懸念していた。住民には「昭和の大合併」を契機に衰退した旧大長谷村の記憶が鮮明で、議会も「合併は上婦負機軸」と、住民懇談会で繰り返した経緯があった。
大島町議ら合併推進派は、特別委を公開にすると、“中間派”は「単独町制の維持」を主張せざるを得なくなってしまうと判断した。「しゃべりが苦手」などという理由で公開そのものを嫌う議員も多く、非公開とすることで大多数の利害が一致した。町当局側も公開を望まず、結果は推進派の読み通りとなった。
だが、大島町議の表情は晴れない。5年前、議員活動のスタートに当たって「本会議だけでなく、全員協議会や各常任委員会の傍聴も認めるべきだ」と主張していた。議案の審議経過や議員同士のやり取りを住民にさらすことは、政治家の説明責任を果たすことであり、有権者に票を投じる判断材料を与えることにもなる、と考えていた。
しかも、合併は住民1人ひとりの生活にかかわってくる重要な問題で、有権者にとって「おらが議員さん」の発言や動向は最大の関心事だ。それにもかかわらず、特別委でのやり取りは議事録にも残されなかった。
議員1人ひとりが合併への立場を表明し、市民に議論の経過を示した滑川市議会が揺れ続けたのに対し、「非公開で審議を進めた八尾は、町と議会がうまく着地点を見いだした。でも、どちらがよかったのだろう」。大島町議の胸にそんな思いがよぎる。
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