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正念場の地方自治 No.50 連載目次 前へ 次へ

第4部 合併と市町村議会 32年ぶりの選挙 2003.04.25
 上平村の菅沼集落は、のどかな日差しに包まれていた。世界遺産の合掌集落を、観光客が不思議そうに見つめている。民家の壁には、村議選候補の鮮やかなポスターが並んでいた。家屋を見渡す道路から候補の名を連呼する声が響き、選挙カーが走り抜けていく。

 5分後、運動員の先頭に立って別の候補が歩いてきた。整列し、拡声器を構える。「菅沼のみなさん。世界遺産を大切にし、地域の活性化に尽力します」。演説を終え、ほっとしたのも束の間、ブザー音がけたたましく鳴り響いた。「ありゃりゃ」。使い慣れない拡声器の音をようやく静め、一行は少し照れながら次の地域へと向かった。

 岐阜県境にある上平村の議会は、7期28年間、無投票当選が続いた。平成16年の合併を控え、「最後の村議選」。告示の22日、32年ぶりの選挙戦が決まり、他の地区で初めて「お願い」する候補たちは、どこか気恥ずかしそうだった。

最後の村議に重い責任
上平の「未来」を左右
 平成元年発行の村制100周年記念誌には、赤ちゃんからお年寄りまで村民全員の顔写真が載っている。こぢんまりした村だから可能になったアイデアだ。人口は年々減り、今は約850人いる。

 小さな村の住民たちは身近な集落ごとに協力し合って暮らしてきた。雪が解けるころには道に落ちた岩を片づけ、用水を清掃する。合掌集落も支え合って伝承してきた。

 住民が大切にしてきたのは「和」だ。議会の候補者を地区割りで決めるシステムは、「無用な争い」を避けるために欠かせない知恵だった。地区割りは8つ。候補はそれぞれの寄り合いで選ぶ。「選挙をすれば、しこりが残る」といった声が根強く、昭和46年の選挙を最後に、無投票当選が延々と続いてきた。

 人口の多い皆葎(かいむくら)と西赤尾町からは2人出し、あとは1人ずつ−。だが、今回はその調整がつかなかった。合併を控えて議会が改革の姿勢を示し、これまで10人だった議員定数を8人に減らしたためだ。いざ改選の時期になると、これまで通り代表者を出したい地区の意地と、各候補の思惑が絡み合った。告示前日になって候補が決まった地区や、票の争いを嫌って擁立を見送った地区もあったが、結局、1人オーバーの選挙戦に突入した。

 ある陣営の事務所。候補者が「昔はどんな選挙をしたんですかね」と支持者たちに水を向けた。32年前に選挙を戦ったという70代の男性が答える。「集会も開いたがやはり地縁、血縁よ。最後には票の行方がきっちり読める。それぞれ感情的になり、言わんでいいことまで言ってしまう。気をつけた方がいい」 告示の翌日から雨の中の選挙戦が続く。初日は2台だった選挙カーも日に日に増え、24日には計4台が村を疾走。次第に熱を帯びてきた。

§   §   §
 「今さら、なぜ選挙に」と首をかしげる住民もいるが、各地区や候補の思惑を除けば、その背景に「合併問題」が透けて見えてくる。上平村にはダムの固定資産税が入り、財政基盤は比較的強い。世界遺産もある。ほぼ同じ条件の岐阜県白川村は、合掌集落を支える身近な共同体の衰退を避けるほか、富山側との「越県合併」の可能性も残したいと、高山市との合併を拒んだ。

 事情を知る上平の住民の中には「白川村のように、やっていけるのではないか」という不満がくすぶる一方で、現職議員の口からも「合併問題は首長間や町だけで話が進み、事後承諾のようだった」と恨み節が漏れる。

 候補者たちは、選挙に名乗りを上げた思いをこう語る。「言うべきことは言うべきなんだ。村民だって生活がかかっている」「残り1年半は10年に値する。どんな方向で協議を進めていくのか、村民にしっかり伝えないといけない。納得のいく合併をしたいから」

 「最後の村議会」の役割と責任は重い。新市の議会にわずかな議員しか送り込めない以上、まだ見えない「地域審議会」をいかに機能させるか、行財政改革をどう進めるか、課題は多い。

 元村長の真田治悦さん(76)=真木=は、うれしそうに語る。「地区割りの意識は今回も働いた。だが、大事な時期だから出たいという意気込みも伝わってくる。無競争でいいというのは、わしら年寄りの考えですよ」。久々の選挙戦。情にほだされるにしろ、政策を見極めて1票を投じるにしろ、選出する議員の任期はわずか「1年半」だ。

菅沼の合掌集落に向かい、演説する他地区の候補=22日、上平村菅沼

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