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正念場の地方自治 No.53 連載目次 前へ 次へ

第5部 新市建設への助走 合併の光と影(上) 2003.05.31
 低い山が連なる霧深い盆地に、苗を植えたばかりの水田がのどかに広がる。大粒の黒豆やデカンショ節で知られる兵庫県の丹波篠山(たんばささやま)。城下町として栄えた歴史があり、自然にも恵まれたこの地方が、「平成の大合併」でにわかに脚光を浴びた。

 「これまで1万2千人を超す人が視察に訪れたんですよ。思わぬ合併の効果です」。篠山市役所の職員が切り出すと、どよめきが起きた。今月14日、城のお堀に面する丹波杜氏(とうじ)酒造記念館の一室。氷見市と姉妹都市を結ぶ静岡県金谷町の大石好昭町長ら20人が、じっと聞き入っている。

 この部屋は、旧篠山と西紀、丹南、今田の4町が平成11年4月に合併する際、協議に使った記念の場所だという。篠山市は「合併特例債」発行の第1号。市制施行に必要な人口を5万人から4万人に緩める特例も、4万7千人の篠山の合併をきっかけにつくられた。総務省が「合併のモデルケース」としてPRしたためか、自治体関係者が合併の手続きや協議の進め方を学びに大勢訪れ、「篠山詣(もう)で」という言葉さえ生まれた。

失敗糧にしたモデル
再編の難しさ物語る

 真剣な眼差しを向ける大石町長たちを前に、職員は慣れた様子でよどみなく、合併の背景やポイントを語り続けた。

 この地域は面積約380平方キロメートル、富山、高岡両市を合わせたくらいの広さだ。もともと同じ篠山藩で、政治、経済的にも強いつながりがあった。明治の1町18村から、昭和50年までに旧4町に再編したが、実はその間にも「全域合併」を目指した協議を5回行っていた。そのいずれもが挫折した。新市の名称や庁舎位置、基金など財産の扱いについて、旧町の意見がかみ合わなかったからだ。「平成の大合併」のトップランナー篠山市も過去、苦い経験を繰り返してきた。

 合併への動きは議会サイドから高まり、平成8年には合併研究会が発足した。JR線の複線化に伴う駅前整備など広域的な課題が増えていたのだと、職員は背景を語る。「6回目の失敗は避けたかった。難しい問題から最初に解決していくことになったんですよ」

 富山県内をはじめ全国の合併協議会が、いち早く確認する内容に「基本5項目」がある。編入合併か、新設合併かを選ぶ「合併方式」と「合併の期日」。この2つに、篠山が過去つまずいてきた「新市の名称」と「庁舎位置」「財産の扱い」を加えたものだ。

 「まず、5項目から決める」。全国のモデルになったこの手法は、スムーズに合併を進めたいという思いから生み出された。半面、自治体再編の難しさを知る旧町は「合併の成功」を重んじるあまり、1年後にスタートさせた合併協議会を非公開にし、住民の批判を招く。会議は政治的な問題を調整する場であり、その公開が正常な運営を妨げるというのが理由だった。「密室審議」に対する住民の不満はくすぶったまま、11年の合併を迎えることになった。

合併の手続きなどの説明を受ける自治体職員ら
合併の手続きなどの説明を受ける自治体職員ら=兵庫県篠山市
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 視察ラッシュはこのところ落ち着き、篠山市は毎週水曜に限って受け入れることにした。それでも午前、午後とも予約でいっぱいの状態が続く。

 28日には、福光町議会の議員8人と事務局職員が篠山市を訪ねた。中心部は、城跡の雰囲気を生かすように古風な建物が並ぶ。やや離れたところに合併特例債で建てた市民センターがあり、一連の特例債事業施設は各地に散らばっている。見学した丹保光雄議員は実感を込めてこう話す。

 「駅前や斎場整備、水資源の確保…。旧町が抱えていた広域的な課題がすべて解決したそうですよ。合併の効果ですが、それにしても新しい建物が目立ちますね」

 全国で進む市町村合併のけん引役になった篠山市。だが、視察した団体の中には「いい、悪いは言えないが、今の財政状況を考えるとね。ちょっとハコモノが多いのでは」と話す自治体幹部もいる。合併から4年。特例債の発行は篠山市の財政を圧迫し始めている。


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