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正念場の地方自治 No.62 連載目次 前へ 次へ

第5部 新市建設への助走 NPOとの協働 2003.06.14
 暖かく、穏やかな日差しが降り注いでいた。富山市富岡町にある民営デイケアハウス「このゆびとーまれ」。車庫のベンチではお年寄りが幼児を抱えてひなたぼっこしている。「おお、よしよし」。幼児がぐずると、あやすように優しいほほえみを浮かべる。「こんな風景はほかで見られないでしょう」。惣万佳代子さん(51)は目を細めた。

 「このゆび−」は、惣万さんが理事長を務めるNPO法人(特定非営利活動法人)が運営している。赤ちゃんから要介護認定を受けた高齢者まで、一緒にケアしているのが特徴だ。

 富山赤十字病院で看護係長をしていた惣万さんが10年前、医療と介護の現状に疑問を抱き、同僚2人と開設した。当時、障害の有無や年齢を問わないデイケア施設は全国にも例がなかった。「公的施設は不足していたし、行政に任せっきりでは間に合わないと感じていた。それに、いろんな人が一緒に生活する形が最も自然な姿じゃないかと思ったんですよ」

「縦割り行政」に風穴
役割分担を明確に

 「このゆび−」は無認可施設として出発した。安定した運営を目指すのならば、経営母体を社会福祉法人とする方法があった。行政から補助金を受けられ、税制面での優遇措置もある。その半面、施設利用に年齢制限を設けたり、利用者を受け入れるには役所への届け出が必要になるなど、行政の基準や規則に縛られてしまう。

 無認可の道を選んだものの、現実は厳しかった。開設当初の利用者は1日わずか3人ほど。介護保険制度も始まっておらず、経営が成り立つ状況ではなかった。財政支援を求めて県や市に日参したが、縦割り行政の厚い壁に阻まれた。高齢福祉と児童福祉、障害者福祉の各担当課を回ると、いつも同じ答えが返ってきた。「高齢者と障害児、幼児を一緒にケアする施設への補助は前例がないからねえ…」

 それでも惣万さんはあきらめなかった。粘り強い説得が厚い壁を突き崩したのは、施設開設から5年目だった。県と市は平成9年、従来の基準にとらわれない独自の補助制度を創設した。各県でも導入の動きが相次ぎ、施設利用者の障害の有無を問わずに補助するやり方は「富山方式」と呼ばれるようになった。民間デイケア施設の運営モデルの一つで知られる。「本来ならばNPOなどのニーズに合わせて制度をつくるべきなのに、行政はまず制度ありき。これを覆すのは本当に難しいものですよ」と、惣万さんは実感を込めて語る。

幼児を抱くお年寄りを見守る惣万さん(右)
幼児を抱くお年寄りを見守る惣万さん(右)=富山市富岡町の「このゆびとーまれ」
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 NPOは年々、その活動の領域を広げている。介護や福祉だけにとどまらず、まちづくりに取り組む団体も珍しくない。10年のNPO法施行で法人格の取得が認められ、社会的認知が進んだ。「このゆび−」も県内のトップを切って取得した。

 その背景には、行政ニーズが多様化する一方で、財政難にあえぐ自治体だけでは対応しきれなくなっていることがある。NPOが地域自治の一翼を担えば、コストはぐっと下がり、行政への住民参画を促すことにつながる。「平成の大合併」後の地方自治のあり方を検討している政府の諮問機関「地方制度調査会」は、4月にまとめた中間報告で「住民サービスの担い手は行政だけでなく、NPOなどとの『協働』を目指すべきだ」としている。

 だが、NPOと行政の役割分担や支援体制など、どの市町村にも明確な指針は存在しない。NPOの活動の歴史が浅いうえ、日本の行政は生活に身近なサービスを一手に担ってきた経緯がある。どのように「協働」すればいいのか。答えは見つかっておらず、自治体の巨大化で「従来以上に職員の縦割り意識が強まる」との指摘もある。

 惣万さんは最近、看護師時代に心に刻んだ「あすの100人を救うのではなく、きょうの1人を救え」という赤十字精神の言葉を思い出すことがある。「NPOの役割が『きょうの1人』を救うことなら、行政は『あすの100人』を救うことに違いない」と感じている。

 どちらの目的も人を救うことにかわりはない。両者の連携のあり方や役割分担がおのずと鮮明になってくると信じている。


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