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正念場の地方自治 No.71 連載目次 前へ 次へ

インタビュー編 後藤 智氏 富山国際大学人文社会学部助教授 2003.06.26
 全国の法定合併協議会の数は329。そこには1,300を超す市町村が加わり、任意協議会なども含めると、8割近い自治体が合併へと突き進んでいる。「地方自治の危機に思えてならないんです」。富山国際大学人文社会学部の後藤智助教授はそう切り出した。国主導で進む合併は、自治の向上より、行財政基盤の強化ばかりが叫ばれがちだ。「まだ遅くない。住民の声を将来のまちづくりに反映させる工夫が必要」と力を込める。
住民参加の仕組み必要

今の合併のどこに問題があるのか。

 国と地方の財政は厳しく、小泉内閣の構造改革の1つとして、地方行政のコスト削減が強く打ち出されています。「合併特例法」は曲がりなりにも自主合併をうたっていますが、国は事実上、地方交付税の削減など強制的ともいえる形で推進していますよね。国による合併戦略という色彩が濃い。自治体や住民からの発想がないんです。そのこと自体が法の精神と矛盾しています。本来は地域が自主的に、住民自治の向上などを目指して模索すべき話なんです。

 人口規模にこだわりすぎて、歴史や文化、地理的条件が考慮されていないのも問題。それに「自治の単位」も見過ごされていると思うんです。

どういうことか。

 端的な例が、住民の代表機関である「議会」です。合併が進むと議員は少なくなり、住民の声が議会に届きにくくなる。仮に、特例法が定める地域審議会を置いても、首長の諮問機関ですから今の議会のような決定権限はない。合併を進める国も、そこは分かっています。だから新しい市の旧町村部などに行政区や、あるいは議決機関を持つ組織を置くといった「地域内分権」が検討されているんです。しかし、イメージがわいてこない。住民の声を吸い上げ、政策に反映させるということが、本当に実現されるかどうか分かりません。

議会があれば、自治も身近に感じられる。

 そうなんです。だが困ったことに、住民には議会不信が根強い。合併して不必要な議員数を削減した方がいいと、主張する住民もいます。本当は違うんですが、その気持ちも分からなくはない。

 県内のある議員が打ち明けました。合併協議会への参加を決めたとき、あたかも合併が既定方針であるかのように、ほとんど討議しなかったと。そんな議会ですから、果たして議員が住民の意向を十分に聞いたのかどうかさえ疑問に思えます。

 利益誘導ではなく、真に必要なものが何かを考えながら、住民の声を政策に反映させるのが議員です。まじめな議員もいますが、全体に緊張感が足りない。その傾向は住民にも伝わります。

 合併協議会でも、事務局が出した案がそのまま了承されるケースが目立ち、本当に大丈夫なのかと心配になりますよね。そんな状態で新しい市をつくっても、自治の弱体化は目に見えています。

後藤 智氏
 ごとう・さとし 昭和30年岐阜県生まれ。名古屋大学法学部卒、同大学院法学研究科修了。愛知教育大学非常勤講師などを経て、平成12年から現職。専門は行政法学で、共著に「現代自治体再編論−市町村合併を超えて」がある。
「国主導の合併」を危ぐ

何が必要か。

 合併は地方分権の受け皿づくりのほか、日常生活の広域化や少子高齢化への対応などが目的とされます。行政ニーズが増えるのに、逆に税収が不足していく問題を「規模の利益」で解消するのが狙いといいます。だが、規模の利益は人口20万−30万人くらいで頭打ちになるという試算もあり、面積や交通の便などによっては全くメリットにならない場合がある。

 そのうえ「住民の利便性が増す」「サービス水準は高く負担は低く」とされる利点も、「行財政の効率化」とは相反することになり、実現されない恐れがあります。

 国は都市中心の政策に転換しようとしていますが、政令市や中核市などが増え、対等であるべき市の権限に差がつくことをどう考えるのか。三位一体の改革の行く末をどう見るのか…。「補助金等」の削減と言っても、国が地方をコントロールする狭い意味の補助金だけを削るのならいいんですが、国が本来義務を負う負担金の削減は好ましくありません。こうした情報も含めて、行政は、住民に分かりやすく現状を説明すべきです。

 合併協議はこれからです。新市の建設計画や財政計画をつくるうえで、情報公開と住民が参加できる仕組みが必要です。住民も、まちづくりに対して要望していかなければならない。真の自治の実現を目指してほしい。


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