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「頭に東や西を付ける必要はないでしょう」。細入村立猪谷関所館の中村哲郎館長(71)は、村の立体模型を前に力を込める。
両町村は神通川が境目。2つの猪谷は神通川を挟んで両岸にあり、地元では細入側を「西猪谷」、大沢野側を「東猪谷」と呼び合ってきた。西猪谷は富山藩、東猪谷は加賀藩の直轄地。行き来がなかったことに加え、古くは両藩の石高の差などから住民の間でわだかまりがあったという。
昭和42年、児童数減少に伴い両町村は組合立の猪谷小を細入村に建設。東西の子どもたちが同じ学校に通うようになったのを機に交流が生まれた。中村館長は「若い人たちは東、西と意識しなくなった。猪谷に細入と冠した方が自然」と話す。
住民の間には「細入猪谷」を望む声が目立つが、「統合によって小学校の名前が変わる時代。まったく新しい地名になっても抵抗はない」という食料品店経営の男性(53)の意見も。大沢野町猪谷の女性(51)は「言い慣れた東猪谷、西猪谷がいい」とつぶやいた。
住民たちのさまざまな思いを含んだ字名論議は、まだ始まったばかりだ。
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