ノーベル化学賞に田中氏(富山市出身) 目次へ >>ホームへ
「埋もれた研究者に光を」田中・小柴両氏が首相と会食 2002.10.12
 2002年のノーベル化学賞受賞が決まった富山市新川原町出身で、島津製作所(京都市)分析計測事業部ライフサイエンス研究所主任の田中耕一氏(43)が11日、首相官邸に招かれ、小泉純一郎首相と昼食を共にした。ノーベル物理学賞の小柴昌俊・東京大名誉教授(76)とともに、昼食会で首相と日本の科学技術立国の未来などを語り合った。

 正午すぎ、車で官邸に到着した田中氏は一張羅のグレーのスーツ姿。1階ロビーには赤じゅうたんが敷き詰められ、報道陣のフラッシュの中を、2、3度ややぎこちなく会釈をした。

 小泉首相は「おめでとうございます」と2人を迎え、3人で握手をしながら「三兄弟だね、年代的にも」と周囲を笑わせた。小泉首相が、田中氏に「先生」と呼びかけると、田中氏は「先生と呼ばれても…」と恐縮する場面もあった。

 昼食会で田中氏が「私の技術は米国で評価されて広がった。日本で埋もれている人に光を当てることが必要だ」と話すと、首相は「田中さんがノーベル賞をもらうために大学の教授であることや博士号が必要ないことを証明したのは、日本で下積みしている人のためによかった」と答えた。

 小柴氏は「基礎科学は産業界の応援がないが、10年先を政府は本気になって考えてほしい」と要請。同席した遠山敦子文科相が「本気で考える」と答えた。

 田中氏は「緊張して昼食も自分で何を食べたのか分からないぐらい。焼き魚がおいしかったことは覚えている」と感想を述べた。

 小柴氏は旧制横須賀中学(現・横須賀高校)卒で小泉首相の先輩に当たる間柄。受賞決定後の9日、電話会談で小泉首相が「同窓会でお会いしましたね。官邸で昼食をしましょう」などと約束。田中氏の受賞も決まったため、3人での昼食会になった。
小泉首相、小柴名誉教授と記念写真
昼食会前に小泉首相と記念写真に納まるノーベル化学賞受賞が決まった田中耕一氏(右)と物理学賞の小柴昌俊東大名誉教授(左)=11日午後、首相官邸(共同通信)

横断幕で受賞祝う 地元町内会など 2002.10.12
 田中耕一さんの実家がある富山市新川原町町内会(余川昭一会長)や母校の富山中部高校、富山市は11日、相次いで横断幕や垂れ幕を設け、ノーベル化学賞の受賞決定を祝福した。

 新川原町町内会は田中さんの実家前の道路に、大きく「祝 ノーベル化学賞受賞 田中耕一氏」と書いた長さ6.7メートルの横断幕を掲げて祝福。

 富山中部高校は、生徒の父母らで作る教育振興会と同窓会の協力で、屋上から垂れ幕を下げた。長さ10メートルで「祝'02ノーベル化学賞受賞 田中耕一氏(昭和53年卒業)」と書かれ、前の通りからも一目で分かる。「垂れ幕を下げたのは、初めてではないか」と浅田茂校長。生徒らは窓から身を乗り出し、先輩の偉業をかみしめていた。

 富山市本庁舎玄関の上には、お祝いの看板が設置され、市挙げて祝賀ムードが高まった。
受賞決定を祝って掲げられた横断幕
受賞決定を祝って掲げられた横断幕=富山市新川原町

富山市が「名誉市民」贈る方針 2002.10.12
 富山市は11日、田中耕一さんに名誉市民の称号を贈る方針を固めた。

 名誉市民は、市が条例で定める最高の称号。これまで国文学者で文化勲章を受けた山田孝雄氏、「コクヨ」創業者の黒田善太郎氏、旧制富山高校を創設した馬場はる氏(いずれも故人)ら7人に贈られている。市は田中さんが「広く社会文化の興隆や公共の福祉に貢献し、功績が顕著で、市民の尊敬を受けている」の条件にすべて合うと判断した。今後、推薦委員会を組織して諮問し、12月定例市議会で議会の同意を求める見通し。

私は忍耐強い“富山人” 地元の祝福に照れ笑い 2002.10.12
 「富山の人は忍耐強いと言われるが、私はまさにそのタイプ」。ノーベル化学賞の受賞決定から2日たった11日、島津製作所東京支社で会見した田中耕一さん(43)=富山市新川原町出身。自らの「原点」である富山への思いを述べ、控えめに喜びを語る一方、昼食を共にした小泉首相に「日が当たらない研究者をきちんと評価する制度を」と進言、富山県人らしいきまじめさと頑固で一途な研究者の顔を見せた。地元に広がる県民挙げての祝福ムードに「そんなに盛り上がらないで」と照れ笑いし、終始リラックスした表情だった。

 会見は午後3時から始まり、約200人の報道陣が集まった。会場のドアを開けた瞬間、田中さんは「わー」とあまりの報道陣の多さに驚きの声を上げ「立って話しましょうか。だいぶ慣れましたよ」と几帳面な一面を見せ、会場を沸かせた。

 冒頭のあいさつで「会社でも多くの先輩や同僚に祝福されるうちに、決して1人で賞を取ったのではないと実感した。研究グループや多くの人の協力があった。今まで言い忘れていたが、サポートしてくれたみんなにここであらためて感謝したい」と気遣った。

 田中さんは小泉首相に官邸に招かれ、同じくノーベル賞に決まった小柴昌俊東大名誉教授と3人で会食。首相とともに「変人」と評された田中さんは「そんなに変人じゃなかった。緊張をうまくほぐしてくれる気配りの達人。政府が音頭をとって、きちんと研究者を評価する制度が必要と提案した」と明かした。

 「会社に対価を求めるか」と質問されると「楽しみながら自分の好きなことを研究できた。それに対するお金なんて考えたことがない」「特許を取っていなかったからこそ、こんなに世界に広がったのでは」と、今後も会社には何も求める考えがないことを強調した。

 富山市にいる妻の裕子さんとは「きょうは電話で2、3度話した。この土日に会えると思うが、なるべく見つからないようにしないと」と話し「12月の授章式では自分は正装、妻はドレス。ダンスもあると聞いた。勘弁してほしい」と顔を赤らめた。

 実家のある町内や母校などで横断幕などが掲げられ、県民全体が祝福していることを聞くと「ますます富山に帰りたくなくなったなあ」と困った表情を見せ「実家の家族への感謝はあまりにありすぎて、(行ってみないと)言葉が思いつかない」と笑った。
テレビ出演する裕子さんと春江さん
小泉首相との会食を終え、報道陣の質問に答えるノーベル化学賞の受賞が決まった田中耕一・島津製作所主任=11日午後、首相官邸(共同通信)


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