田中氏(富山市出身)ノーベル賞から1年 目次へ ホームへ
小型質量分析計開発に本腰 田中さん会見 2003.10.02
 ノーベル化学賞受賞から間もなく1年を迎える島津製作所フェローの田中耕一さん(44)=富山市出身=が1日、京都市の本社で記者会見した。11月から、血液1滴で病気を診断できる小型質量分析計の開発に本格的に取り組むことを表明、エンジニアとして持ち続けた夢の実現に一歩近づいた形だ。

 田中さんはおなじみの作業服姿で登場。4月から稼働し、自らが所長を務める研究所の活動と研究成果を紹介した。7月に富山県内の技術者、研究者と意見交換したことにも触れ「異分野の人と交流でき、自分なりの経験や意見を述べられて有益だった」と話した。

 従来の質量分析装置の性能をさらに向上させるとともに、薬局などに置いて血中タンパクの質量を分析、がんなどの検査に役立つ小型質量分析計の開発に取り組むことを報告。研究分野の情報収集のため、自ら所長を務める研究所の分室を英国に新設したことを明らかにし、日本が世界にリードしている糖鎖解析についても研究への意欲を示した。

 受賞当時と比べ、堂々とした口調。「主任時代にはアイデアがあっても自信がなく、具現化をあきらめていた。(研究開始から)20年間のストックをやっと有効に生かすことができるようになった」と自己分析。今後も研究者、技術者として「研究成果を発表し、いろいろな人と議論して新たな研究開発に取り組んでいきたい」と、従来の姿勢をあらためて強調した。

最近の研究活動について説明する田中耕一さん=京都市の島津製作所

■ノーベル賞 田中耕一氏はその時 − 同時進行ドキュメント 2003.10.02

 「受賞はまったく寝耳に水です」。青い作業服を着て、洪水のようなカメラのフラッシュに戸惑う田中耕一さんの姿がまだ記憶に新しい。ノーベル化学賞に決まった昨年10月8日からはや1年。田中さんはくしくも、初めて会見を行った会議室で、今度は人生が激変した1年間を振り返った。

 「(ノーベル賞を受賞して)良かったことは、地道に研究を続けている人に『いつか報われる』という自信を与えられたことですね」。受賞後に、いろいろな人からほめてもらったという田中さんが、こんなエピソードを紹介した。

伸びるきっかけ 誰にでも
 「ほめられて、自信を持つことができた。自信を持って研究に取り組めたので、隠れた能力も自然に引き出すことができた。伸びる力、きっかけは誰にでもある」。どこか自信を失いかけている日本人に勇気を与える言葉だ。

 日本人から今年も受賞者が出るかと問われ「受賞できなかったからといって、頑張りを否定されるわけじゃない」ときっぱり。

 「仮に選ばれなくても、自信を持って研究すべき。そんな自信を持てるだけの素地が日本にはある」と力説した。

 癒やし系と呼ばれ、一時は芸能人のように騒がれた。最近の周囲の反応は「私の顔を見ても無視してもらえるようになりました。求められても握手も、サインもしませんから…」とやんわりとくぎを刺し、引き続き静かな環境を求めた。

 念願だった小型質量分析装置開発がついに本格化する。3月の「エンジニア復帰宣言」に対し、今回は「何とか成果が出始めました宣言」と笑った。次はどんな研究成果を示して、多くの研究者、技術者に自信を与えてくれるのだろうか。



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